大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)155号 判決

上告人 舛都志江

同 花井孝士

同 科野榮藏

同 所千秋

同 岡崎昌夫

右五名訴訟代理人弁護士 竹下重人

被上告人 昭和税務署長 手嶋英夫

同 名古屋北税務署長 本保登

同 千種税務署長 板倉道俊

同 名古屋中村税務署長 原田正一

同 小牧税務署長 松岡修

右五名指定代理人 大手昭宏

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人竹下重人の上告理由第二の二について

所得税法によれば、居住者に対して課される所得税の額(以下「算出所得税額」という。)は、一暦年間におけるすべての所得の金額を総合して課税総所得金額等を計算した上、これに所定の税率等を適用して算出するものとされ(第二編第一章ないし第三章)、同法一二〇条一項の規定により確定申告をする居住者は、総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の計算の基礎となった各種所得につき同項五号の「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」(以下「源泉徴収税額」という。)がある場合には、これを算出所得税額から控除して納付すべき所得税の額を計算し、その結果納付すべき税額があるときは、これを国に納付しなければならないものとされ(同号、一二八条)、また、右の計算上控除しきれなかった金額があるときは、その金額に相当する所得税の還付を受けることができるものとされている(一二〇条一項六号、一三八条)。

右の一二〇条一項五号にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、所得税法の源泉徴収の規定(第四編)に基づき正当に徴収された又はされるべき所得税の額を意味するものであり、給与その他の所得についてその支払者がした所得税の源泉徴収に誤りがある場合に、その受給者が、右確定申告の手続において、支払者が誤って徴収した金額を算出所得税額から控除し又は右誤徴収額の全部若しくは一部の還付を受けることはできないものと解するのが相当である。けだし、所得税法上、源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、原判示のとおり、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと並存するものであり、そして、源泉所得税の徴収・納付に不足がある場合には、不足分について、税務署長は源泉徴収義務者たる支払者から徴収し(二二一条)、支払者は源泉納税義務者たる受給者に対して求償すべきものとされており(二二二条)、また、源泉所得税の徴収・納付に誤りがある場合には、支払者は国に対し当該誤納金の還付を請求することができ(国税通則法五六条)、他方、受給者は、何ら特別の手続を経ることを要せず直ちに支払者に対し、本来の債務の一部不履行を理由として、誤って徴収された金額の支払を直接に請求することができるのである(最高裁昭和四三年(オ)第二五八号同四五年一二月二四日第一小法廷判決・民集二四巻一三号二二四三頁参照)。このように、源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じないものとされていることからすれば、前記源泉徴収税額の控除の規定は、申告により納付すべき税額の計算に当たり、算出所得税額から右源泉徴収の規定に基づき徴収すべきものとされている所得税の額を控除することとし、これにより源泉徴収制度との調整を図る趣旨のものと解されるのであり、右税額の計算に当たり、源泉所得税の徴収・納付における過不足の清算を行うことは、所得税法の予定するところではない。のみならず、給与等の支払を受けるに当たり誤って源泉徴収をされた(給与等を不当に一部天引控除された)受給者は、その不足分を即時かつ直接に支払者に請求して追加支払を受ければ足りるのであるから、右のように解しても、その者の権利救済上支障は生じないものといわなければならない。

右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

同第二の一について

課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は、当該課税処分によって確定された税額の適否であり、課税処分における税務署長の所得の源泉の認定等に誤りがあっても、これにより確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ、当該課税処分は適法というべきである。

原審の適法に確定した事実関係の下において、上告人らの本件各収入が給与所得でなく、一時所得又は退職所得であるとしても、本件各更正処分等に係る納付すべき税額は、右の場合の正当な納付すべき税額を下回るとした原審の判断は、正当として是認することができる。そうすると、いずれにしても本件各更正処分等は違法とはいえないのであって、本件各収入が給与所得であるかどうかについて判断するまでもなく、上告人らの本件各請求は理由がない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

上告代理人竹下重人の上告理由

第一事実の概要

上告人らは、もと訴外日光貿易株式会社(以下単に日光貿易という)の役員または従業員であり、昭和五七年六月末日をもって同社を退職した。

日光貿易は、昭和五九年二月七日、各上告人に対し、第一審判決別表3記載の金員を支給し、これを給与所得の収入金額に該当するものとして、所定の額の所得税を源泉徴収し、国に納付した。

また上告人科野榮藏に対しては、同人の同社からの借入金二九九万〇四九〇円の債務を免除した。日光貿易の所轄税務署長は、右の債務免除も給与の支給にあたるとして、日光貿易に対し、所得税源泉徴収に係る納税告知した。

各上告人らは、それぞれ、昭和六〇年三月一五日提出の所得税の確定申告書において、前記日光貿易から支払われた金員および上告人科野が債務免除を受けた金額(以下これらを合せて本件収入金という)を一時所得として、他の所得と合計した総所得金額を算出し、これに対する算出所得税額から、日光貿易作成の源泉徴収票記載の源泉徴収税額(給与所得に対するものとして徴収、納付されたもの)を「控除される源泉徴収税額欄」に記入して申告納税額を赤字(過納)に算出して、還付を求める確定申告をした。

各被上告人は「本件収入金」を給与所得であると判断して、各上告人らに対し、本件各更正処分をした。

以上の経過は、第一審判決添付別紙1および2の「課税処分の経緯」に記載されたとおりである。

各上告人らは、本件収入金を給与所得と認定することの適否を争って、本件各更正処分の取消を求めたものである。

第二上告の理由

一 原判決(原判決によって維持された第一審判決を含む、以下同じ)は、審理不尽の違法がある。すなわち、第一審裁判所は、本件収入金が給与所得ではないとれば何所得であるかについて上告人らに釈明を求め、一時所得または昭和五七年分の退職所得の追加払であるという陳逑を得て、そうであるとした場合の上告人らの昭和五九年分の納付すべき税額を試算した(第一審判決添付別表4および5)。その際の源泉徴収に係る所得税の取扱については、そこが争点であるにかかわらず、被上告人側の主張する取扱によるべきものであるとして、納付すべき税額を算出した。

その結果、いずれの仮設の計算によっても、上告人らの「納付すべき税額」が本件各更正処分における「納付すべき税額」よりも多額になるものと試算された。

第一審判決は、それ故に、本件収入金が給与所得に当らないことを理由とする上告人らの請求は理由がないとして、上告人らの請求を棄却した。

しかしながら、本件の最も重要な争点は、本件収入金が給与所得に該当するか否かである。

上告人らが日光貿易から支払を受けた本件収入金は、上告人らの在職中の給料、賃金等の未払分ではなく、退職後一年半を経た後協議により支払が確定したものであるから、給与所得ではありえないはずである。

その点について最後まで判断を示さず、仮設例における税額計算との比較により有利、不利だけで上告人の請求を棄却した第一審判決およびこれを維持した控訴審判決は、争点について審理を尽さなかった違法がある。

二 原判決は、所得税法一二〇条(確定所得申告)五項の解釈・適用を誤った結果、憲法三〇条に違反するものである。

(一) 原判決は所得税法の右条項にいう「源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」とは、支払者の作成、交付する源泉徴収票または支払調書に記載された源泉徴収税額をいうのではなく、当該支払金の性質に応じ所得税法を正確に適用した場合に源泉徴収されるべき適法な所得税額をいうのであると判示し、本件各収入金額が、上告人ら主張のごとく、一時所得に当たるものであれば、日光貿易は所得税の源泉徴収をすることができないのであり、同社作成の源泉徴収票に記載された「源泉徴収税額」は、右にいう「徴収されるべき税額」ではなく、上告人らは、所得税確定申告書において、右源泉徴収票記載の税額を控除することができない、と説示した。

(二) しかしながら、所得税法上「徴収されるべき所得税の額」という用語は、給与所得者に対する源泉徴収額の年末調整手続に関する同法一九〇条一号に使用されているだけである。すなわち年末調整をする支払者は、その年中に支払うべきことが確定した給与等のうち、その年末調整の時までに支払を完了していない、したがって源泉徴収をする時期が到来していない部分についても「徴収されるべき所得税の額」を算出して、これらに基いて源泉徴収票を作成、交付するのである。

受給者が確定申告に当たって使用する給与所得の源泉徴収票に記載された「源泉徴収税額」は、まさに、右の手続上の「源泉徴収された又はされるべき所得税の額」を含むものであって、源泉徴収にかかる所得と他の所得を有する者が、確定申告にあたって、支払者から交付を受けた源泉徴収票記載の金額によらず、所得税法上適法な「徴収されるべき所得税の額」を模索し、それによって納付すべき税額を確定することを要求することとなる原判決の説示は、源泉徴収と確定申告の関連を破壊し、納税者に不能を強いるものであって、正当ではない。

(三) 仮りに、確定申告に際し、納税者が申告書に添付した源泉徴収票記載の税額は過少であって「徴収さるべき所得税額」はもっと多額であるから、その多い方の金額の控除を認めるよう求めたとすれば、税務署は絶対にこれを容認しないであろう。

源泉徴収の適否は、税務署長と支払者との関、支払者と受給者との間において、それぞれ別個の法律関係にあるから、特定の収入金について源泉徴収をされたこと、またはその金額に不満のある受給者は、支払者との交渉によって、適正な源泉徴収の額に訂正させるべきであるということは、一般論としては妥当であろう。しかしながら本件のように本件収入金を給与所得として源泉徴収をした日光貿易と上告人らとの間において、そのことの適否について合意に達し得ないうちに確定申告期限が到来した場合に、源泉徴収票の記載を援用して、年間の所得税を清算を許さないという法的根拠はない。

(四) 上告人らの主張する方法での清算を許さない理由として、原判決は、支払者の源泉徴収納付義務と、上告人らの申告納税義務とは別個独立のものであり、課税権者である国と源泉徴収義務者間の法律関係と、支払者たる源泉徴収義務者と受給者間の法律関係とは全く異なるものであることを強調する。

しかしながら、これは源泉徴収納付義務と申告納税義務との関連性を無視した議論である。

第一審判決は、その一五丁裏において「一般に、申告所得税の納税義務は暦年の終了の時に成立する(国税通則法一五条二項一号)が、源泉徴収による所得税については、利子、配当、給与、報酬、料金その他の源泉徴収をすべきものとされている所得の支払の時に納税義務が成立するものとされている(同項二号)」と説示するが、給与、報酬等の支払の時に確定するのは、支払者の源泉徴収納付義務であって、受給者の所得税の納税義務ではない。

源泉徴収をすることとされている所得のうち、源泉分離課税の対象とされるものを除く所得について、受給者の納税義務は本人の確定申告に綜合されることによって確定するのである。源泉徴収をされた時においては、せいぜい前払的に確定したといいうるに過ぎない。

(五) 支払者の源泉徴収納付義務を、受給者の申告納税義務とは別個の独立した納税義務であることを強調した先例(最高一小昭四五・一二・二四判、民集二四巻一三号二四三頁、最高二小昭五七・一・二二判シュトイエル二三九号一頁)はあるが、これらはいずれも受給者の申告納付義務との関係では、その支払金を受給者の年間所得金額に組み入れて総合的にその者の所得税を清算することができなくなった後においても、支払者の源泉徴収納付義務の履行を求める課税庁の納税告知処分を適法なものとして維持することができるか、という問題に関するものであって、本件のように、受給者に確定申告による調整あるいは清算の機会が残されている事案についての先例となるものではない。

(六) 源泉徴収制度は、申告納税制度の運用を簡易と迅速化して所得税を早期かつ安易に徴収するための便宜的な制度である。したがって源泉徴収をされた収入金の所得税法上の類別、源泉徴収の額の適否等についても受給者のする確定申告において、調整する機会があるならば、調整することが許されるべきである。

(七) 仮りに、原判決の説示するとおりに処理されるべきであるとすれば、上告人らは本件収入金を一時所得の収入金額とし、それに対する源泉徴収税額は零として申告納税額を算出、納税をした後、日光貿易に対し、源泉徴収された税額に相当する未払金の支払を求め、その支払請求に応じた日光貿易は所轄税務署長に対し、誤納に係る源泉徴収所得税の還付を要求することとなる。これらの要求が順調に実現されたとき、ようやく本件収入金を一時所得としたことによる納税関係は完結する。

しかし、上告人らの日光貿易に対する請求、日光貿易の所轄税務署長に対する請求が適切に容認されるという保証はなく、納税者は、納税においてか、あるいは支払を受けるべき金額においてか、損失を被る危険におかれることとなる。

(八) 仮りに、日光貿易の所轄税務署長が同社の請求に応じて、過納金の還付をするときは、還付加算金を附加しなければならず、国庫は無駄な支出を要求されることになる。

それに反し、上告人主張の確定申告による清算は、いずれの方面にも摩擦を生じることなく、上告人らの年間所得税を確定、清算することがきでる。

(九) 以上のとおり、所得税法の解釈・適用を誤った原判決は、憲法三〇条に違反するものである。

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